アメリカ少年法の失敗になにを学ぶか

立命館大学法学部教授
葛野尋之(くずの・ひろゆき)

1 少年法「改正」法案は、刑事処分を適用する年齢を現行の16歳以上から14歳以上に引き下げ、16歳以上の比較的重大な非行への刑事処分を原則化するなど、厳罰化をはかるものです。この厳罰化の先例としてあげられるのがアメリカです。

 少年法の母国アメリカは1970年代末から、教育理念を後退させ、極端な厳罰化へと傾斜を進めました。重大犯罪を効果的に抑止するためとして、一定の重大犯罪については、少年裁判所(家庭裁判所)から刑事裁判所に事件を広く容易に移送(管轄権放棄)できるようにしたり、検察官が事件を少年裁判所に送るか、刑事裁判所に起訴するかを裁量的に判断できるようにしたり、あるいは、はじめから少年裁判所の管轄から除外して、刑事裁判所の管轄下に置いてしまう、という方法により、刑事処分の適用を積極的に拡大しました。最後の方法を代表する立法例は、1978年のニュー・ヨーク少年犯罪者法で、当時、アメリカで最も厳しい少年法と評されました。しかし、アメリカ少年法の厳罰化は、以下に述べるように、完全な失敗でした。

2 社会的条件の変化などに関する他の事情を差し引いたとき、少年法を厳罰化して、刑事処分適用を拡大する立法が、重大犯罪を抑止する効果がなかった、というのが過去の調査研究の一致した結論です。逮捕者数の統計をみても、厳罰化が進行していた1980年代半ばから90年代半ばにかけて、少年(18歳未満)の殺人は人口比で約2.5倍にまで増えています。この間、成人の殺人は安定し、少年の財産犯も増加していません。少年の殺人の増加はすべて銃によるもので、少年の銃規制法違反も激増しました。同じ時期、少年の麻薬犯罪も、とくにマイノリティのあいだに激増しました。

 麻薬の蔓延により、犯罪組織が拡大して大都市のスラムに生活するマイノリティの少年を末端の麻薬売人として組み込み、これらの少年が自己防衛のため銃を所持し、それがその周辺にも広がった結果、麻薬取引のトラブルなどの諍いが銃の使用により殺人や重大傷害に発展する、という構図です。この背景には、政治経済的・文化的衰退による社会的混乱や矛盾のなかで、家庭や地域社会は崩壊し、少年たち、とくにその苛酷な影響が集中する大都市スラムのマイノリティ少年が将来への希望や社会への理想を失ってしまった、というアメリカ社会の病理があります。厳罰化に抑止効果がないのは当然です。

3 また、教育や社会復帰を強調した少年法の保護処分を受けた場合に比べ、長期拘禁の刑罰を科された場合の方が、他の事情を差し引いても、後の再犯率が高いという傾向があります。少年が家族や社会生活から長期隔離され、社会復帰の支援の機会を奪われれば、結局、再犯率が高まるのです。

 保護処分に比べて刑罰は、より強い否定的烙印を刻み込むことになり、社会的差別や排斥も、本人の否定的自己観念も強まることになります。このような点も、社会復帰を妨げ、再犯の可能性を高める効果をもたらします。

4 さらに、少年への刑事処分の適用拡大は、刑事裁判所の過剰負担、少年用の拘禁施設の過剰収容をもたらしました。この影響で、少年に提供される処遇の質も低下しました。拘禁施設の新増設や運営に予算と人が集中して、施設内外での社会復帰の支援が手薄になると、刑の執行を終えた後の社会復帰が困難になり、ひいては再犯率の上昇を招きます。

5 アメリカ少年法の厳罰化は、議会や政府が、社会の混乱や矛盾から生じる根深い「不安感」に駆られて厳罰化を要求する世論を煽りつつ、それに迎合する形で進行しました。たとえば、1978年のニュー・ヨーク少年犯罪者法は、「犯罪に弱腰」と保守派から批判され続け政治的痛手を被ってきたリベラルは州知事が、州知事・州議会選挙にあたって、突発的に起きたある重大非行事件をきっかけに、有権者の支持を拡大しようとの政治的思惑から突然に立場を転換したことにより、ほんの数日間で作成され可決されました。少年非行の原因や少年法の運用状況、子どもを取り巻く社会環境について正確で冷静な事実認識も、開かれた自由な討論もないまま、専門家の意見さえも十分に聞かれることなく、科学的・理性的な態度を失って進められた厳罰化は、当然のように失敗しました。

6 非行防止のために真に必要なことは、心と社会環境の両面にわたり子どもたちが直面している問題を解決し、子どもたちが希望と理想をもって生きていけるような社会を創造することです。また、非行をした少年も、非行克服に向けた厳しくも暖かい教育的支援のなかでこそ心を開き、自他ともに人間の大切さを自覚することができるようになります。真の自尊感情と他者への共感や尊重は一体のものです。このとき、被害者の痛み苦しみを含め自分の非行の意味や責任を心底理解することができ、再犯防止と被害者への償いも可能となるのです。

 少年法の厳罰化に頼っても問題は解決しません。それによって得られる「安心感」は、偽りのものにすぎません。むしろ、真の課題が放棄されることで、いっそう問題を深刻化させます。

 アメリカ少年法の厳罰化の失敗は、これらのことを教えてくれるように思います。

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