少年法の厳罰化に反対する緊急声明

2000年10月 6日

1 少年法「改正」法案が、先の9月29日、国会に提出された。これは、少年審判に検察官を関与させるとともに、刑事処分適用年齢を16歳以上から14歳以上へと引き下げ、殺人、傷害致死その他故意の犯罪により人を死亡させた16歳以上の少年の事件については、原則として刑事処分を適用することとするなど、少年法を厳罰化しようとするものである。この点において、少年法の教育主義の理念を決定的に後退させるものであって、私たちは、刑事法学者として、これに強く反対し、すみやかに廃案とされるべきことを要求する。

2 今回の少年法「改正」法案は、世間の注目を集める非行事件がいくつか発生した機会に、政治的思惑と不透明な駆け引きによって、少年非行の原因や少年法の運用状況などについて正確な事実認識を欠いたまま、しかも開かれた自由な討論を経ることなく、科学的で理性的な態度を失いつつ、きわめて拙速に作成されたものである。

 少年法は、非行少年のみならず、広く子どもの教育の根幹にかかわる法律である。その改正を論じるにあたっては、本来、少年非行の原因、家庭裁判所や少年院などによる少年法の運用状況、子どもを取り巻く社会環境などについて十分な調査研究を行い、正確な事実認識を踏まえて、少年法の運用や子どもの教育に携わる専門家はもちろんのこと、広く国民の意見を聞き、開かれた自由な討論を、科学的で理性的な態度の下に行わなければならない。このとき、子どもの人権や福祉、教育に関する憲法、教育基本法、そして児童の権利条約の精神が踏まえられなければならないことは、いうまでもない。

3 今回、少年法「改正」をめぐっては、少年非行の「凶悪化」がいわれる。公式統計の科学的分析からみても、はたして少年非行が「凶悪化」しているかどうか、疑問である。また、最近の非行事件も、子どもの抱える心の問題の深さや、子どもを取り巻く社会環境の苛酷さなどを教えるものであって、子どもが「凶悪化」していることを示すものではない。少年非行の「凶悪化」を決めつけることは、決して、科学的で理性的な態度とはいえない。

4 少年非行は社会の歪みを映す鏡といわれる。少年が非行へと至る原因は複雑であり、子どもたちを取り巻く社会環境が深く影響している。最近の非行事件からも分かるように、とくに重大非行の場合、少年が将来自分に課されるであろう処分や、他のさまざまな影響を考慮したうえで、利害得失を合理的に計算して犯行に及ぶことはないのであるから、刑罰の威嚇によって、少年非行が効果的に防止されるはずはない。このことは、アメリカ、イギリスなどの厳罰立法が、どれも非行防止に成功しなかったことからも、明らかである。

 少年非行を防止するために、刑罰の威嚇力に期待することは無益であって、真に必要なことは、子どもたちの心と、その生育環境の両面にわたり、子どもたちが直面しているさまざまな問題を解決することである。

5 非行へと至った少年に対しては、懲らしめの刑罰ではなく、専門家のケース・ワークや個別的処遇、さまざまな形の社会的援助によって、その少年が非行を克服して健やかな成長発達を遂げられるよう、教育的に支援することこそが必要である。厳しい刑罰を科すことによって、少年を長期にわたり社会や家族から切り離し、十分な教育的支援を与えないでいることは、少年が非行を克服し社会復帰することを困難にし、ひいては再犯の可能性を高めることになるであろう。

 また、刑罰の力に頼っても、被害者が被った痛み苦しみをも含め、自己の非行の意味を、少年に心底から自覚させることはできないのであり、そのためには、教育的支援のなかで少年が心を開き、自他ともに人間の尊厳を尊重することができるようにしなければならない。このことによってこそ、再犯の防止と被害者への償いが可能になる。少年法の教育主義の理念は、このことを目指してきた。

 少年法の厳罰化という安易な方策に頼ることは、これら真に取り組むべき課題を放棄することにつながり、結局、少年非行をますます深刻化させるという皮肉な結果を生じさせる。

6 被害者やその遺族のために少年法の厳罰化が必要である、といわれることがある。しかし、被害者やその遺族がすべて、厳罰化を望んでいるというわけではなく、また、被害者やその遺族にとって真に必要なことは、捜査機関の対応や報道機関の取材・報道のあり方を見直し、経済面、精神面での援助を含む、被害者やその遺族のための社会的支援を拡大し強化することである。

 この課題にこそ、ただちに取り組まなければならない。たとえ少年法を厳罰化したとしても、それは、被害者とその遺族の社会的支援を拡大し強化することにつながるものではない。
 今回の少年法「改正」法案は、このように、少年のためにも、被害者のためにも、社会の安全のためにも、無益であるといわざるをえない。

7 さらに、今回の少年法「改正」法案がもし実施されたならば、刑事裁判所や刑事施設が、これまでの安定した少年法の実務のなかでは決して刑事処分を適用されることがなかったであろう事件までをも抱え込むことになり、刑事手続や刑罰執行の実務に大きな混乱が生じることは必至である。この意味において、今回の少年法「改正」法案は、少年法の実務における50年を超える努力の蓄積を、一挙に崩壊させてしまうことになる。

8 以上に述べたことから明らかなように、今回の少年法「改正」法案は、すみやかに廃案とされるべきである。

 そのうえで、子どもと共に社会をつくる大人たちが、すべての子どもの幸せを願う情熱をもって、少年非行や子どもの教育とどのように向き合っていくべきかを真剣に考えなければならない。そして、子どもの人権論のめざましい発展を踏まえて、少年法の教育主義の理念を堅持し、それを豊かに発展させつつ、実務のなかに具体化しなければならない。さらに、少年法の枠を超えて、子どもたちが夢と希望をもって日々を生き、健やかに成長発達することができるような社会を創造しなければならない。

 たしかに、これらは困難な課題である。しかし、困難だからといって、少年法の厳罰化に安易に飛びつくことによって、放棄してはならないのである。これらの困難ではあるが、やりがいのある課題に正面から取り組むことこそ、いま社会に課された責務である。

少年法「改正」問題研究会
代表:斉藤豊治(甲南大学)、村井敏邦(龍谷大学)
赤池一将(高岡法科大学)、石塚伸一(龍谷大学)、内田博文(九州大学)、大出良知(九州大学)、小田中聰樹(専修大学)、岡田行雄(聖カタリナ女子大学)、川崎英明 (東北大学)、葛野尋之(立命館大学)、佐々木光明(三重短期大学)、白取祐司(北海道大学)、新屋達之 (立正大学)、高田昭正(大阪市立大学)、恒光 徹(岡山大学)、土井政和(九州大学)、新倉 修(國學院大学)、野田正人(立命館大学)、服部 朗 (愛知学院大学)、福島 至(龍谷大学)、前田忠弘(愛媛大学)、三島 聡(大阪市立大学)、水谷規男(愛知学院大学)、山口直也(山梨学院大学)、山口幸男(日本福祉大学)

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