少年法の厳罰化に反対する法学者の緊急声明

2000年11月7日


 少年法「改正」法案(9月29日提出)が、十分な審議を経ないまま衆議院で可決され、成立が強行されようとしている。法案は、少年審判に検察官を関与させるとともに、刑事処分適用年齢を16歳以上から14歳以上へと引き下げ、この年齢の少年受刑者を少年院で処遇できるようにし、また殺人・傷害致死その他故意の犯罪により人を死亡させた16歳以上の少年の事件には原則として刑事処分を適用することなどを内容とするものであり、少年法を厳罰化するものである。今回の法案は、過去の法務省の数次にわたる改正提案と比較しても、際だった厳罰主義を基調としており、少年法の教育主義の理念を決定的に後退させるものである。私たち法学者は、事態を深く憂慮するとともに、法案に強く反対し、すみやかに廃案にするよう要求する。

 今回の「改正」法案は、世間の注目を集めたいくつかの重大事件に対する短絡的な反応として、かつ、政治的妥協の産物として作成された。法案が少年非行の原因や少年法の運用状況などについて正確な事実認識に基づいているのか、すこぶる疑問である。

 少年法は、非行少年のみならず、広く子どもの教育の根幹にかかわる法律でもある。その改正を論じるにあたっては、本来、少年非行の原因、家庭裁判所や少年院などによる少年法の運用状況、子どもを取り巻く社会環境などについて十分な調査研究を行い、正確な事実認識を踏まえる必要がある。また、少年法の運用や子どもの教育に携わる専門家はもちろんのこと、広く国民の意見を聞くとともに、科学的で理性的な態度の下での開かれた自由な討論を必要とする。また、子どもの権利や福祉、教育に関する憲法、教育基本法、そして児童の権利条約の精神が踏まえられなければならない。

 少年非行は社会の歪みを映す鏡といわれる。少年が非行へと至る原因は複雑であり、子どもたちを取り巻く社会環境が深く影響している。最近の非行事件からも分かるように、刑罰の威嚇によって、少年非行が効果的に防止される可能性は少ない。

 厳罰化により、保護処分に比べて個別処遇が行われにくい刑務所での実刑を受ける少年が増加する。非行へと至った少年に対しては、懲らしめの刑罰ではなく、専門家のケース・ワークや個別的処遇、さまざまな形の社会的援助によって、その少年が非行を克服して健やかな成長発達を遂げられるよう、教育的に支援することが必要である。厳しい刑罰を科すことによって、少年を長期にわたって社会や家族から切り離し、十分な教育的支援を与えないでいることは、少年が非行を克服し社会復帰することを困難にし、ひいては再犯の可能性を高めることになる。他方、刑事裁判で刑罰の弊害を避けるため刑罰の執行猶予が増える可能性も大きい。そのいずれにせよ、教育による立ち直りの機会は著しく狭められることになろう。 

 また、刑罰の力に頼っても、被害者が被った痛み苦しみをも含め、自己の非行の意味を、少年に心底から自覚させることはできないのであり、そのためには教育的支援のなかで少年が心を開き、自他ともに人間の尊厳を尊重することができるようにしなければならない。そうしてこそ、再犯の防止と被害者への償いが可能になる。少年法の教育主義の理念は、このことを目指してきた。少年法の厳罰化という安易な方策に頼ることは、これら真に取り組むべき課題を放棄することにつながり、結局、犯罪を行なった少年の犯罪傾向を固定化させ、促進させるという皮肉な結果を生じさせる。

 被害者やその遺族のために少年法の厳罰化が必要である、といわれることがある。しかし、被害者やその遺族の声を注意深く聞くならば、それらの方々の多くは、事件に関する情報を得たいという要求や、被害者の気持ちや感情を少年に知らせて反省を促したい、あるいは心からの謝罪をして欲しいという意見を有しているのであり、必ずしも少年法の厳罰化改正を望んでいるというわけではない。そうした被害者の声は、現行法の運用の改善によって対応できるものが少なくないのであり、少年法の厳罰化改正の必要はきわめて疑わしい。また、少年法の厳罰化改正は、被害者とその遺族への社会的支援を強化することにつながるものではない。 

 さらに、法案が成立し実施されるならば、家裁や少年処遇の実務に深刻な矛盾を生じさせる可能性がある。14歳以上16歳未満の者が実刑を言い渡され、長期の拘禁となった場合、義務教育年齢の少年にふさわしい教育は確保できるのであろうか。また、少年院での受刑者処遇は、現在の社会復帰のための出院準備教育とは根本的に異なり、刑務所での服役の準備教育となるが、そのような教育の効果は期待できるのであろうか。さらに、これらの少年の法的地位、権利と義務は、少年院の収容者としてのそれなのか、あるいは受刑者としてのそれなのかも明らかではない。また、致死事件の原則逆送は、家庭裁判所の調査機能や少年鑑別所の鑑別機能の低下を招くであろう。さらに、最近の厳罰主義の傾向を反映して、すでに刑務所・少年院・少年鑑別所等では過剰拘禁が生じているが、厳罰化改正によってそれはいっそう深刻となり、教育的処遇の後退に拍車がかかるであろう。

 今回の少年法「改正」法案は、このように少年のためにも、被害者のためにも、社会の安全のためにも、有害・無益であり、深刻な矛盾をはらんでおり、50年を超える少年法の実務の蓄積をも無視するものでもある。今回の少年法「改正」法案は、すみやかに廃案としたうえで、なお引き続き社会的に十分に論議を尽くすべきである。


 少年法の厳罰化に反対する法学者の緊急声明・賛同人

                             2000年11月7日
■ 11/7現在 231名

<呼びかけ人>
  <憲法学・教育法学等>
井ヶ田良治(同志社大学名誉教授)  上田勝美(龍谷大学教授)
大久保史郎(立命館大学教授)    喜多明人(早稲田大学教授)
榊 達雄(名古屋大学教授)      永井憲一(法政大学教授)
堀尾輝久(中央大学教授)       望月 彰(大阪府立大学教授)
森英樹(名古屋大学教授)       山口和秀(岡山大学教授)
  <刑事法学>
赤池一将(高岡法科大学教授)    浅田和茂(大阪市立大学教授)
生田勝義(立命館大学教授)      石塚伸一(龍谷大学教授)
内田博文(九州大学教授)       大出良知(九州大学教授)
大野平吉(専修大学名誉教授)     岡田行雄(聖カタリナ女子大学専任講師)
小田中聰樹(専修大学教授)     金澤文雄(広島大学名誉教授)
川崎英明(東北大学教授)       葛野尋之(立命館大学教授)
斉藤豊治(甲南大学教授)       佐伯千仭(立命館大学名誉教授)
佐々木光明(三重短期大学助教授) 澤登俊雄(國學院大学名誉教授)
繁田実造(龍谷大学名誉教授)     白取祐司(北海道大学教授)
新屋達之(立正大学助教授)      高田昭正(大阪市立大学教授)
高橋貞彦(近畿大学教授)        竹内 正(島根大学名誉教授)
田中久智(国士舘大学教授)      恒光 徹(岡山大学教授)
土井政和(九州大学教授)        中山研一(京都大学名誉教授)
名和鐵郎(静岡大学教授)        新倉 修(國學院大学教授)
野田正人(立命館大教授)        服部 朗(愛知学院大教授)
平川宗信(名古屋大学教授)      平場安治(京都大学名誉教授)
福井 厚(法政大学教授)        福島 至(龍谷大教授)
福田雅章(一橋大学教授)        本田 稔(大阪経済法科大学助教授)
前田忠弘(愛媛大学教授)        前野育三(関西学院大学教授)
三島 聡(大阪市立大学助教授)    水谷規男(愛知学院大学助教授)
三宅孝之(島根大学教授)        村井敏邦(龍谷大学教授)
守屋克彦(東京経済大学教授)     山口直也(山梨学院大助教授)
山口幸男(日本福祉大学教授)     横山 実(國學院大学教授)

<賛同人>
愛知正博(中京大学教授)        赤羽忠之(東洋英和女学院大学教授)
足立英郎(大阪電気通信大学助教授) 足立昌勝(関東学院大学教授)
天羽康夫(高知大学教授)        荒川重勝(立命館大学教授)
荒木伸怡(立教大学教授)        荒牧重人(山梨学院大学教授)
飯尾滋明(松山東雲短期大学助教授)
池谷壽夫(高知大学教授)         石井幸三(龍谷大学教授)
石埼 学(亜細亜大学専任講師)     石田秀博(愛媛大学法助教授)
市川正人(立命館大学教授)       稲田朗子(高知大学講師)
井上祐司(九州大学名誉教授)     指宿 信(鹿児島大学助教授)
上垣 豊(龍谷大学教授)         上田信太郎(香川大学助教授)
上田 寛(立命館大学教授)        上野達彦(三重大学教授)
上野芳昭(山形大学教授)         梅崎進哉(久留米大学教授)
梅田 豊(島根大学教授)         得津慎子(関西福祉科学大学教授)
大久保哲(久留米大学教授)       大貫裕之(東北学院大学助教授)
大山 弘(福島大学教授)         岡田章宏(神戸大学助教授)
岡田順子(神戸商船大学助教授)    岡田康夫(東北学院大学講師)
岡田悦典(福島大学助教授)        小澤隆一(静岡大学教授)
甲斐克則(広島大学教授)         甲斐道太郎(大阪市立大学名誉教授)
門田成人(島根大学助教授)       神山敏雄(甲南大学教授・岡山大学名誉教授)
金澤真理(山形大学助教授)       上脇博之(北九州大学助教授)
川崎和代(大阪女子学園短期大学教授)川角由和(龍谷大学教授)
北川忠明(山形大学教授)         北澤信次(大阪体育大学短期大学部教授)
北野通世(山形大学教授)         金 尚均(西南学院大学助教授)
京藤哲久(明治学院大学教授)      楠本 孝(寛容学院大学講師)
工藤祐厳(立命館大学教授)       窪田通雄(龍谷大学教授)
倉田原志(立命館大学助教授)      澤田裕治(山形大学助教授)
小泉良幸(山形大学助教授         小松 浩(三重短期大学助教授)
小早川義則(名城大学教授)       近藤 真(岐阜大学助教授)
今野健一(山形大学助教授)        後藤 昭(一橋大学教授)
酒井安行(青山学院大学教授)      佐上善和(立命館大学教授)
佐々木允臣(島根大学教授)       笹沼弘志(静岡大学助教授)
佐藤岩夫(東京大学社会科学研究所助教授) 佐藤雅美(大阪経済法科大学教授)
澤野義一(大阪経済法科大学教授)   周作彩 (山形大学助教授)
白石克孝(龍谷大学教授)         鈴木龍也(龍谷大学助教授)
鈴木 隆(島根大学教授)          鈴木啓之(高知大学助教授)
徐 勝 (立命館大学教授)         園田 寿(関西大学教授)
高佐智美(獨協大学専任講師)      高橋 和(山形大学助教授)
高橋良彰(山形大学助教授)        高橋 進(龍谷大学教授)
高橋 眞(大阪市立大学教授)       高橋利安(広島修道大学助教授)
武内謙治(九州大学大学院法学研究院助手) 武久征治(龍谷大学教授)
立松美也子(山形大学講師)        田中輝和(東北学院大学教授)
田淵浩二(静岡大学助教授)        田村武夫(茨城大学教授)
等々力賢治(龍谷大学教授)        富澤敏勝(山形大学教授)
中川祐夫(龍谷大学名誉教授)      中川孝博(大阪経済法科大学助教授)
中里見博(福島大学助教授)         中島茂樹(立命館大学教授)
中田直人(関東学院大学教授)       長井長信(南山大学教授)
長岡 徹(関西学院大学教授)       長淵満男(甲南大学教授)
永良系二(龍谷大学教授)          鍋島直樹(龍谷大学助教授)
名和田是彦(東京都立大学教授)     西尾幸夫(龍谷大学教授)
西谷 敏(大阪市立大学教授)       西牧駒蔵(大阪経済法科大学教授)
二宮周平(立命館大学教授)        根森 健(埼玉大学経済学部教授)
丹羽 徹(大阪経済法科大学助教授)  萩屋昌志(龍谷大学助教授)
橋本 久(大阪経済法科大学教授)    羽田雅己(大阪市立大学大学院)
原田 保(愛知学院大学教授)       馬場健一(神戸大学法学研究科教授)
朴 元奎(北九州大学教授)         久岡康成(立命館大学教授)
樋爪 誠(立命館大学助教授)       平田 元(三重大学教授)
福井康太(山形大学助教授)        福本憲男(大阪経済法科大学教授)
藤本利一(立命館大学助教授)       渕野貴生(静岡大学助教授)
古川利通(大阪経済法科大学教授)   保条成宏(福岡教育大学助教授)
前田 朗(東京造形大学教授)       前原清隆(長崎総合科学大学助教授)
増田栄作(広島修道大学助教授)     松井幸夫(島根大学教授)
松井宏興(甲南大学教授)          松岡正章(甲南大学教授)
松宮孝明(立命館大学教授)        松本克美(立命館大学教授)
松本英俊(広島修道大学講師)       松本邦彦(山形大学助教授)
真鍋 毅(佐賀大学名誉教授)       見上崇洋(立命館大学教授)
三阪佳弘(龍谷大学助教授)        光藤景皎(摂南大学教授)
宮井雅明(立命館大学助教授)       萬井隆令(龍谷大学教授)
宮本弘典(関東学院大学助教授)     村下 博(大阪経済法科大学教授)
森井 ワ(関西大学教授)         本 秀紀(名古屋大学大学院助教授)
森川恭剛(琉球大学助教授)        森川 隆(大阪経済法科大学専任講師)
森山浩江(龍谷大学助教授)       矢野達雄(愛媛大学教授)
山口志保(三重短期大学助教授)    山口亮子(山梨大学助教授)
山下未人(大阪経済法科大学教授)   山下邦也(香川大学教授)
山本忠 (立命館大学助教授)      吉田正之(山形大学助教授)
吉田正志(東北大学教授)        米田泰邦(米田法律事務所)
脇田 滋(龍谷大学教授)         渡辺 洋(神戸学院大専任講師)
和田真一(立命館大学教授)       和田 進(神戸大学教授)


  <助手等> 22名
             全体計 231名

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