少年法改正
 刑事罰で切り捨てるな

団藤 重光
元最高裁判事

自民、公明、保守の与党三党は、少件法改正原案で大筋で合意した。21日召集の臨時国会に、14歳以上の刑事処分を可能とした改正案を提出する方針だ。背景には、衝撃的な少年犯罪が相次いていることがある。戦後長年にわたり、家庭裁判所や少年院など少年の更生にかかわる現場を見守ってきた元最高裁判事の団藤重光・東京大学名誉教授に、少年法改正の是非や取り組むべき課題について聞いた。
(学芸部・諸麦 美紀)

非行の原因除くのが先

−「非行は社会を映す鏡」と言われますが、不可解な事件が起きています。


 「殺人事件などの重大事件は昔より減っているという統計が出ています。しかし、どう考えていいかわからない事件が増えてきましたね。少年非行は思春期の特性から来るので、もともとは一過性のものです。しかし対応を誤ると、取りかえしのつかないことになってしまいます。思春期は環境にとくに敏感ですから、少年非行の問題は根が深くすそ野が広い。世の中がおかしくなって、人間的なものが非常に薄れてきていることが背景にあるのではないか。『互いに相手を人間として認め合う』という憲法の人間尊重の精神が崩れてきている。非行の原因を作っている世の中を良くしないで、結果だけを見て厳罰化の道を歩むのは、逆効果を生み出すだけです」

少年刑法犯検挙者数の推移
一番多いのは窃盗犯

 戦後の少年刑法犯の検挙者数は、いくつかのピークをはさんで増減を繰り返している。

 犯罪白書によると、最新の統計である1998年は22万1,410人。少年法が施行された49年よりも9万人近く多いが、戦後最多だった83年(31万7,438人)と比べると、約9万6,000人少ない。

 罪名別にみると、どの年も最も多いのは窃盗犯で、98年は55%を占めている。殺人犯は98年は117人で、49年(344人)の約3分の1。その後家庭裁判所に送致する段階などで傷害や傷害致死に切り替わったケースもあり、98年に家裁で殺人として処理されたのは59人だった。ちなみに殺人犯の検挙者が最も多かったのは54年と61年で、ともに448人。


−与党三党の改正原案は、14歳以上は刑事処分可能とし、特に16歳以上の少年が殺人などを犯した場合は、原則として刑事裁判を受けさせるとしています。少年に規範意識を持たせるという点でも、これに納得する人は多いのでは。

「規範意識を持たせることには大賛成ですよ。現在の少年法の連用でも、少年の規範意識を目覚めさせる努力は絶対に必要です。だが、刑務所に入れるのが少年の規範意識の覚せいに役立つというのは、まちがっています。刑事罰というものは少年にはふさわしくありません。少年に対して保護処分を加えるのは、一人前の健全な人間に育てあげるためです。未成熟で性格の固まっていない少年が、将来立派な社会人になるようにするためです」

 「少年法の、こういう考え方は、今の時代にこそ輝きを持つのではないか。刑罰は少年に前科者のらく印を押して将来の芽をつんでしまいます。刑務所に入れても、『懲りない面々』になって出てくるだけ。これでは本人にとってはもちろんのこと、社会にとっても大変な損失でしょう。刑事罰を持ち込む、ましてや対象年齢を引き下げることは絶対に認めてはならない。安易に、少年たちを刑事罰で切ってしまうのは、大人の努力の放棄でしかない」

少年審判の命奪う

−今回の改正原案にある裁判官合議制の導入や検察官の立ち会いは、少年審判を充実させることになりますか。

「いかにも審判を丁寧にするかのような感じがあるが、実は少年審判の生命を奪うものとなる。少年審判は、裁判官と少年が向き合い、人間と人間が触れあう中で、少年が心を開き、自らの口で『実はこうだった』と話すことに意義がある。だが、目の前に三人の裁判官がいたらどうでしょうか。ましてやそこに検察官がいて少年の責任を追及したら。少年は心を開くと思いますか」

欠ける被害者対策

−非公開の審判ではなく、公開の法廷できちんと裁いてほしい、と願う被害者もいます。どのような審判が開かれ、加害少年は何を言ったのか。被害者は知ることすらできません。

 「被害者としては、何も知らされないまま手続きが済んでしまうのは我慢ならないことで、それはそのとおりだと思う。被害者に対する配慮は少年法ができたときには落ちていた部分です。被害者に少年審判の情報を提供することについては、少年法にとっても大きな進歩だと思う。自分のやったことが相手をどんな目にあわせることになったのかを少年によく悟らせることは、少年に正しい人間的感情をもたせるためにも非常に重要なことです。ただし、公開の裁判にしたり、不用意に少年と被害者側とを突然会せたりするようなことをすれば、それは少年法の精神に反します」

−米国やノルウェーは少年審判や裁判以外の場で被害者側と加害者が直接会い、話し合う場を設ける制度を導入しています。

 「今の子どもはテレビゲームのようなものばりで育っているから、人が死んでもすぐに生き返ってくるような想像の世界、バーチャルな世界に住んでいるともいえる。実際に被害者の側に会って、『自分のやったことが被害者やその家族にこんなにインパクトを与えているんだ』ということを知ることは、少年にとって絶対に必要なことではないでしようか。だれがどの時期にうまく運用していくかにもよるが、被害者と少年の双方に良い作用をすると思う。そういう制度をうまく導入したいものです」

−罪を犯した少年を、社会としてどう育てていくか。今こそ、積み上げてきた社会の知恵を発揮すべき時なのかもしれません。

 「21世紀はすぐそこまで来ている。次の世紀を担う子どもたちをどう育てていくのかを考えなければならない。政治家は、多方面の専門家の意見に耳を傾け、未来の理想を考えるべきときなのです。社会的な調査もきちんとやらず、近視眼的な視野、見識で少年法の改正を強行するとすれば、まさしく次代に恥ずべき『世紀の恥辱』と言わなければならない。政治家の猛省を促したいと思います」


現行少年法と改正案

 少年法は1949年に施行された。原則として20歳未満の少年が対象。家庭裁判所の調査官の調査や鑑別所の鑑別結果をもとに、家裁は少年審判を開くかどうかを決める。

 少年審判は非公開で、裁判官一人と調査官、書記官、本人、親、付添人(弁護士など)が出席し、少年院送致や保護観察などの保護処分が決まる。少年が16歳以上の場合、家裁が刑事処分が必要と判断すれば、検察官送致(逆送)して、刑事罰を科すかどうかを決める刑事裁判が開かれる。実刑の場合は少年刑務所に収容される。

 14、15歳の場合、刑事責任が問われて少年審判で少年院送致などになることはあるが、逆送はされない。また、14歳末満の場合は、刑事責任は問われず、児童福祉機関などにゆだねられる。

 与党三党の改正原案の内容は、
.刑事罰を科す年齢(逆送できる年齢)を14歳以上とする。
.16歳以上で殺人などの事件を起こした場合には原則として逆送する、など。

だんどう・しげみつ
1913年、山口県生まれ。日本の刑事法学界の重鎮で、リベラル派として知られる。戦後、刑事訴訟法など数多くの法律の立案に参加。少年法の立案には関与していないものの、施行後、全国各地の家裁や少年院を訪ねるなどして少年法の精神である「保護主義」の啓もうに尽力した。東京大教授を経で、74年から83年まで最高裁判事。元宮内庁参与。学士院会員。著書は「刑法綱要」「死刑廃止論」など多数

朝日新聞(朝刊)2000.9.18より転載・著者及び朝日新聞社に無断で転載することを禁止する


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