ドイツの少年司法は日本と比べて、手続き的にも処分としても刑事的な色彩が強かったのですが、1970年代から裁判所によって少年刑や少年拘禁など自由剥奪処分よりも社会内処遇を重視する運用が有力になり(「実務による少年刑法改革」と呼ばれています)、これに沿う形で1990年、改正もなされる一方で、1990年代には厳罰化論が台頭してきます。しかし、これには反対論が強く、厳罰化は実現していません。ドイツ少年司法に詳しい九州大学の武内謙治氏に、執筆していただきました。
 なお予備知識として、若干の説明を加えておきます。
 ドイツでは少年裁判所法により、少年裁判所(区裁判所・地方裁判所の一部で日本の家庭裁判所のように刑事事件を扱う裁判所から独立していない)が、刑事処分のほかに懲戒処分・教育処分を選択します。対象者は少年(14歳以上18歳未満)のほか、若年成人(18歳以上21歳未満)のうち成熟度が少年と同等とを認められた者も含まれます。刑事処分(少年刑)は少年刑務所に収容しますが、刑期は刑法の法定刑とかかわりなく原則5年まで、例外として10年までです。懲戒処分と教育処分の区別はやや複雑ですが、懲戒処分の中に少年拘禁というものがあり、短期間(最長4週間)拘禁所に拘禁します。(日本の少年院とはかなり違います)
 また、日本の保護観察に相当するものほか、多様な処分があります。


ドイツにおける「厳罰化」をめぐる状況

−「厳罰化」の停滞と反対論を背景 −

1. 成人制度との類似性が強く、一般に「少年刑法」とも称されているドイツ少年司法は、1970年代終わりからの実務的な改革を経た後、1990年代には、厳罰化要求に直面します。極右少年によるショッキングな犯罪の発生や暴力犯罪の増加、警察統計上観察される少年犯罪の低年齢化などを背景として、1.「青年」を一般刑法で取り扱うということにより一層強化すべきことや、2.刑事事件年齢を14歳から12歳まで引き下げるべきこと、3.最高10年となっている少年刑という刑罰の上限を15年にすべきこと、などが主張されました。1993年の「暴力及び過激主義によるCDU/CSU連邦会派の立法提案」やバイエルンが連邦参議院に提出した1996年の「被害者保護を改善するための法律案」、1997年、1998年の「少年裁判所法を改正するための法律案」などは、その一例となります。

2. このような厳罰化要求に対しては、強い反対があります。1997年の連邦議会において、当時野党であった社会民主党と連合90/緑の党は、貧困と少年犯罪との関連や若年者の展望の喪失を特に問題とし、厳罰化で少年犯罪を防止できるということは幻想だ、と主張しています。有効な社会政策や教育政策、そして子どもの権利条約が求めているような子ども自身の参加を保証することが必要だ、少年司法のあり方についても、自由剥奪の強化でなく、社会内処分の強化こそ必要である、と主張したのです。

 その後の総選挙では与野党が逆転し、「厳罰化」改正の実現性は小さくなりました。厳罰化要求に対しては、学者や裁判官など実務家にも強い批判があります。成人による汚職などには目が向けられず、少年犯罪ばかりが問題とされており、しかも少年犯罪への対応が刑罰政策にのみ集中しているのは、「危険な視野の偏狭さ」であるという批判、実質的に刑事責任年齢を12歳にまで引き下げていたナチス期の反省の上に立ち、「刑事責任年齢の引き下げは、われわれの法文化への攻撃」であるという批判がなされています。また、1993年の第一回少年係裁判官及び少年係検察官連邦会議は、「少年犯罪は、しばしば社会的な原因をもっている。したがって少年刑という全く無益な手段により、政治と社会の懈怠に対応するという主張に対しては反対する」との決議を行っています。

3. このようにして厳罰化への反対が強くなされていることの背後には、1970年代終わりから自由剥奪処分の回避と社会内処分の拡充とを中心に展開した「実務による少年刑法改革」への肯定的な評価があります。そこでは実務においても「寛容は、引き合う」ということ、つまり自由剥奪を避け、社会内処分を用いた方が、高い特別予防効果を得ることができるという運用が強まったのですが、それを支えたのは、新しい少年犯罪像と制裁効果に関する調査研究でした。すなわち、少年犯罪はだれでも行いうるものであり、軽微で、一過性のものであることを、成人犯罪への入り口ではないということが明らかとされてされたのです。また、自由を剥奪し、社会とのつながりを切ることにより、再犯の可能性は高まり、自由の剥奪は「犯罪」とされる行為の背後にある社会的矛盾を増幅させることが指摘されたのです。

 1990年に成立した少年裁判所法第一次改正法は、こうした改革の成果を立法的に結実させたものでした。1.「新しい社会内処分」の制度的導入、2.「保護観察のための刑の延長」の拡充、3.「少年拘禁」の縮小、4.手続き打切りの可能性の改善、5.16歳未満の少年に関する「逃走のおそれ」を理由とした未決勾留の制限、6.未決勾留執行時における、18歳未満の少年への必要的弁護人の選任などが具体的な改正点となります。

 ドイツ少年裁判所・少年審判補助連合(少年審判補助というのは調査官とケースワーカーのような職種です)と労働者福祉協会という、少年司法運営に大きな影響力をもつ二つの団体は、「第二次改正法」に向けた提案を行っています。両者は、色々と見解を異にしているのですが、可能な限り自由剥奪を避けるという考え方を基本にしている点では共通しています。例えば、16歳を「処分成人年齢」として、16歳未満の少年には原則的に自由剥奪処分を科しえないようにすることや、18歳以上の21歳未満の「青年」には、成人刑法ではなく、原則的に少年裁判所法を適用すべきであるということを提案している点では、両者は共通しています。連邦中央登録簿の累犯統計を見てみると、刑罰を受ける者の年齢が若くなればなるほど、累犯率が高くなっている、ということもその理由として挙げられています。

 以上のように見てみると1970年代終わりからの改革や1990年少年裁判所法、そして第二次改正法に向けた立法提案こそが、ドイツにおける少年司法改革の本流なのであり、1990年代に見られる厳罰化要求は、この流れに正面から衝突するものというべきでしょう。

4. こうしたドイツ少年司法の基本的な流れを見た場合、日本の現行の少年法制は、そこで目指されている方向性を先取りした、先進的な側面をもっていると言うことができるでしょう。このことは、国際少年・家庭裁判所裁判官国際会議での議論を見た場合にも裏付けられるでしょう。1994年には、その第14回大会がドイツで開かれ、60カ国、400人以上の専門家が集まっていますが、そこにおいて、フリーダー・デュンケル教授は、30の項目からなる「少年司法システムが更に発展するための提案」を行っています。その中には、まさに、「14歳か15歳に達する前には、刑罰は適用されず、少なくとも16歳に達しない少年には、拘禁刑は適用されてはならない」という提案が含まれているのです。

 現在、わが国の国会に提出されている法案が、果たして「少年司法システムが更に発展するための」ものを含んでいるのかどうか、むしろ先進的なものを取り去り、逆に後退させるものを含んでいるのではないか、こうした国際的な観点からも、再度検討してみる必要があるように思われます。

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