2000年5月10日
声 明
検察官関与に反対し少年法を考える市民の会
検察官関与に反対する弁護士の会
衆議院は、少年法「改正」法案の審議をまもなく開始するとのことです。
私たちは、検察官関与を軸とする今回の法案が、事実認定の適正化にも、被害者救済にも、加害少年の更生にも、非行の予防にも役立たないものであること、冤罪を増やし、厳罰化を推し進める危険のあることを指摘して、反対し続けてきました。慎重審議を求める65万人の請願署名も届けられています。
今、国政への信を問う総選挙に向けての大切な時期に、世間の耳目を集める事件の発生に便乗して、この法案を、拙速な審議のもとに成立させてしまおうという動きは、断じて許せません。
少年による深刻な事件が続いて起き、国民はどうしてこのような事件が起きるのか、どうしたらこうした事件が防げるのかに重大な関心を抱いています。しかし今回の「改正」法案のどこが、これらの問題のどこを解決できるというのでしょうか。
子どもの非行は、病んだ大人社会を写す鏡です。今国民が本当に求めているのは、子どもたちの実像に迫り、子どもをこうした犯罪に追いこむ日本の社会の病巣をえぐりだし、子どもを恐れず、子どもを見守り、子どもと共に安心して生きていける社会、子どもたちが人間らしく生き、成長できる環境を整えることだと思います。
私たちは、同じような事件を起こした子どもたちにたくさん出会ってきました。事件の結果だけを聞くと、モンスターであるかのように恐ろしくなるかもしれませんが、会ってみれば、私たちの子どもと同じひとりの「人間」だとわかります。彼らは、自分のありのままの存在を認められたことのない、自分の人生にプライドを持てない、自信も希望も奪われた悲しい子どもたちなのです。その屈辱的な痛みを訴える相手もいない、怒りを理解してくれる人もいなかったのです。彼らは痛みと怒りをためこみ、荒れすさみ、大人に絶望し、人生を投げ出して復讐を始めてしまう、それが非行なのです。それは一方で認めてほしい、愛してほしい、助けてほしいというSOSなのです。
子どもたちの非行を直視するなら、私たちが今すべきことは、明らかです。大人が衿を正すこと、ひとりひとりの大人が子どもに向き直って、子どもの言葉をしっかり受けとめること、子どもの人間としての尊厳を守りつつ、子どもの成長を支える教育が、家庭、学校、地域で行なわれること、子どもに関わる学校、児童相談所、警察などの機関がそれぞれの使命をきちんと果たすこと、さらに、子どもや親の悩みに親身になって手を差し伸べられる第三者機関をつくること。そして犯罪を起こすまでに病んだ子どもたちの生き直しに、全人格をかけて寄添う大人たちが、少年法を運用すること。本当に安全な社会はそこからしか生まれないのです。
「加害者は保護されているが、被害者は何の権利保障もない」と言われます。被害者の権利という観点がこれまでに確立されていなかったことは事実です。しかし、少年の権利と被害者の権利を対峙させることは誤りです。これらはいずれも保障されるべきなのです。遅まきながら、被害者の権利について様々な法案が出されています。更に法的・経済的そして心のケアまで含めた抜本的な支援体制ができることを心から望みます。
目先のごまかしではなく、国民が本当に安心できる社会づくりのために、知恵と力を結集しましょう。そのために多様な方面の参考意見を聴取してください。真の解決策となる法律や制度を生み出すためには、時間がかかると思います。国民が求めているのは、即効薬ではなく、不断に展望を切り開く営みです。
くれぐれも、21世紀に悔いを残すに違いない少年法「改正」に突き進む、無責任な方向へだけは、踏み出さないでください。
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