少年法改正資料第一号 〔昭和四五年五月〕

少年法及び少年院法の制定関係資料集

                                     法務省 刑事局
一四 少年法を改正する法律案の提案理由
                                    (官報昭和二三年六月一九日衆議院司法委員会議事録三六号)

○佐藤政府委員 ただいま上程になりました少年法を改正する法律案の提案理由について、御説明申し上げます。最近少年の犯罪が激増し、かつその質がますます悪化しつつあることは、すでに御承知のことと存じます。これは主として戦時中における教育の不十分と、戦後の社会的混乱によるものでありますが、新日本の建設に寄与すべき少年の重要姓に鑑み、これを単なる一時的現象として看過することは許されないのでありまして、この際少年に対する刑事政策的見地から、構想を新たにして少年法の全面的改正を企て、もって少年の健全な育成を期しなければならないのであります。
 今回の改正のおもなる点は、第一に、少年に対する保護処分は裁判所がこれを行うようにしたこと、第二に、少年の年齢を二十歳に引上げたこと、第三に、少年に対して保護処分を科するかまたは刑事処分を科するかを、裁判所自身が判断するようにしたこと、第四に、児童福祉法との関連に留意したこと、第五に、保護処分の内容を整理したこと、第六に、抗告を認めたこと、第七に、少年の福祉を害する成人の刑事事件に対する裁判権について、特別の措置を認めたこと等であります。以下順次御説明申し上げます。
 第一は、家庭裁判所の設置であります。新憲法のもとにおいては、その人権等重の精神と、裁判所の特殊なる地位に鑑み、自由を拘束するようた強制的処分は、原則として裁判所でなくてはこれを行うことができないものと解すべきでありまして、行政官庁たる少年審判所が、矯正院送致その他の強制的処分を行うことは、憲法の精神に違反するものと言わなければなりません。従って少年審判所を裁判所に改め、これを最高裁判所を頂点とする裁判所組織の中に組み入れるのは当然のことでありまして、このことは法務庁設置法制定の際、政府の方針としてすでに確定しておるところであります。なお当時は少年裁判所の設置を予定していたのでありますが、その後種々研究をいたし、また関係方面の意向をも参酌して、これを現在の家事審判所と併せて、家庭裁判所とすることにいたしたのであります。これは少年の犯罪、不良化が、家庭的原因に由来すること多く、少年事件と家事事件との間に密接な関連が存することを考慮したためであります。そうしてこの家庭裁判所は、地方裁判所と同一レベルにある独立の下級裁判所ということになっておりのでありますが、この裁判所の組織に関する点は、裁判所法の中に規定されるところでありますかrあ、詳しいことは、裁判所法の改正法律を提案する際に、御説明申し上げたいと存じます。
 第二は、年齢引上げの点であります。最近における犯罪の傾向を見ますると、二十歳ぐらいまでの者に、特に増加と悪質化が顕著でありまして、この程度の年齢の者は、未だ心身の発育が十分でなく、環境その他外部的条件の影響を受けやすいことを示しておるのでありますが、このことは彼等の犯罪が深い悪性に根ざたものではなく、従ってこれに対して刑罰を科するよりは、むしろ保護処分によってその教化をはかる方が適切である場合の、きわめて多いことを意味しているわけであります。政府はかかる点を考慮して、この際思い切って少年の年齢を二十歳まで引上げたのでありますが、この改正はきわめて重要にして、かつ適切な措置であると存じます。なお少年の年齢を二十歳まで引上げるとなると、少年時間が非常増加する結果となりますので、裁判官の充員や少年観護所の増設等、人的物的機構の整備するまで一年間、すなわち来年いっぱいは従来の通り、十八歳を少年年齢とするような暫定的措置が講ぜられておるのでおります。
 第三は保護処分と刑事処分との関係であります。現行少年法においては、原則として検察官が刑事処分を不必要として起訴猶予にしたものを少年審判所にまわして、これに保護処分を加えておるのでありますが、今回の改正においては、少年犯罪の特殊性に鑑み、この関係を全然転倒し、一切の少年の犯罪事件は、警察または検察庁から家庭裁料所に送られ、家庭裁判所が訴追を必要と認めるときは、これを検察官に送致するようにしたのであります。しかもこの検察官への送致は、十六歳未満の少年については絶対に認められません。そして送致を受けた検察官は、送致された事件について犯罪の嫌疑があれば、原則としてこれを起訴しなければならないのであります。なお、事件が家庭裁判所に送致されるまでの過程において、検察官の手を経るか、それとも警察から直接に送致されるかは、大体において、それが禁錮以上の刑にあたる罪の事件であるかどうかによるのであります。この点は今国の改正中最も重要なものの一つでありまして、少年に対する刑事政策上、まさに画期的な立法と申すべきであります。
 第四は、児童福祉法との関係であります。昨年児童福祉法が制定公布され、これが今年の四月一日から全面的に施行されることになりました。この法律は、児童の福祉に関する基本的法律でありますが、この法律で行う福祉の措置は、犯罪少年と虞犯少年には及ばず、またそれが行政機関によって行われる結果、強制力を用いることができないのは当然でありますから、これらの点については、家庭裁判所が関与し、少年保護の各機関が相互に協力しつつ、少年の福祉をはかり、その健全な育成を期そうというわけであります。今回の改正では、この点について、いろいろと意を用いているのであります。
 第五は、保護処分の内容であります。従来少年審判所は、おる程度において保護処分の執行に関与するのでありますが、これが裁判所となった以上、むしろ決定機関として止まるべきであり、執行の面に関与するのは適当でないとの見地から、今回の改正においては、決定と執行とを分離し、一度裁判所が保護処分の決定をしたら、その後の執行は全部執行機関に一任することにしたのであります。その代り、決定に慎重を期するため、従来軽い処分として規定されていたものを、多少内容を修正して、決定前の措置に切りかえたのであります。さらに先述の児童福祉法との関係が、この保護処分の内容として考慮されてあり、またいわゆる環境調整に関する措置も講ぜられております。
 なお、この保護処分の中に、地方少年保護委員会に補導を委託するというのがありますが、これは別に提出する予定になっております法律の中に出てくる委員会のことでありまして、少年法との関係においては、委託を受けた少年について、主として観察を掌るのであります。
 第六は、上訴の制度であります。現行の少年法では、保護処分に対しては、本来の不服申立の方法が、ないのでありますが、今回は人権尊重の趣旨に則り、特に高等裁判所に対して抗告を認めたのであります。その抗告の理由は、決定に影響を及ぼすべき法令の違反、事実の重大な誤認、及び処分の薯しい不当の、三つに限られているのでありますが、これは改正刑事訴訟案における控訴の理由とにらみ合わせて規定したものであります。そして高等裁判所においては、単に原決定の当否を審査するだけで、みずから保護処分の決定を行わず、原決定を不当と認めるときは、事件を原裁判所にさしもどし、または他の家庭裁判所に移送するのであります。また、違憲問題等を理由として、最高裁判所に再抗告をする途も開かれております。
 第七は、少年の福祉を害するような成人の刑事事件を、家庭裁判所が取扱うことであります。少年不良化の背後には、成人の無理解や、不当な処遇がひそんでいることがきわめて多いのでありますが、このような成人の行為が犯罪を構成する場合には、その刑事事件は、少年事件のエキスパートであり、また少年に理解のある家庭裁判所がこれを取扱うんのが適当であり、またかかる成人の事件は、少年事件の取調べによって発覚することが多く、証拠関係も大体において共通でありますから、この点から申しましても、この種の事件は、家庭裁判所がこれを取扱うのが便宜なのであります。なお家庭裁判所は、これらの成人に対して禁錮以上の刑を科することができず、禁錮以上の刑をすべきときはこれを地方裁判所に移送するのでありますが、これは本来少年事件を取扱うべき家庭裁判所が、成人に対してあまり重い刑を科すことは適当でないとの趣旨によるものであります。
 以上は改正の要点でおりますが、なおこのほかにも、たとえば十八歳未満で罪を犯した少年に対しては、絶対に死刑を科さない。とか、その他重要な改正が少くないのであります。そして、この法律案は量的には必ずしも大法典とは申せないのでありますが、少年不良化の問題が、国家の切実な関心事となっております今日、この問題解決のため必要な幾多の根本的改正を含んでいる点において、質的に付きわめて重要な法律であると申さねばなりません。何とぞ慎重御審議の上、御可決あらんことを希望いたします。

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