新少年法立案の経過

                           最高裁判所事務総局家庭局第三課長   内 藤 文 質

 わたくしの手許に、「少年裁判所法に関する説明要領」(一九四八年五月二十七日法務省矯正局立法部印)と題するガリ刷りがある。これは、おそらく、当時一応仕上がつた少年裁判所法のドラフトを法務省の庁議にかけるについて、説明の資料として関係者に配布されたものでおろうと記憶する。これにそれまでの少年法の立案経過が箇条書き記されているので、これをたよりにわたくしの記憶を辿りつつ、少年法の立法の経過を略述して見たいと思う。

(一)一九四六年{昭和二十一年)八月、司法省保護課において少年法とともに、.矯正院法及び司法保護事業法の改正を企画し、その手始めとしてまず裁判所、少年審判所及び少年院の意見を求めることにした。その当時の司法省の考えは、もちろん、基本的には従来の制度をそのまま存続せしめながら、過去二十数年の経験と新時代の精神とに則つて部分的な修正をしようというところにあつたのである。
(二)同年一〇月頃には、右の意見が出揃ってたので、司法省保護課においてこれ等の意見を参酌しながら少年法の改正要綱の作成を開始した。そうして、
(三)同年一二月上旬に、少年法改正要綱案の作成を終つたので、
(四)同月中三回にわたって、司法保護協会の主催による司法保護法改正諮問委員会を開催し、右の少年法改正要綱案を諮問した。その後、その答申の結果によつて少年法改正草案の作成を急ぎ、
(五)一九四七年(昭和二十二年)一月上旬、右草案が完成したので、これをGHQの民間情報局公安部の行刑係長であるルイス博士の手許に提出した。ところが、
(六)同年一月下旬、同博士より司法省に少年法改正に関する提案を手渡されたのであるが、それには司法省として全く意外な少年裁判所設定の示唆が含まれていたのである。そこで、司法省としては、ルイス博士その他の進駐軍当局係官と根気強く折衝し、少年裁判所設置が必至のものであるかを確かめるために努力したのである。それは、当時司法省では、従来の少年保護の実績にかんがみ、少年裁判所よりも少年審判所において審判をし、保護処分を実施する方が、わが国の実情に即するものであると信じていたためである。しかし、少年裁判所設置に関する関係当局の意向は非常に強いもので、動かし得ないものであることが漸次明らかとなつた。しだがつて、
(七)同年一一月中旬、法務庁設置法の成立とともに、その附則第十五条の規定によつて、法律上少年裁判所の設置が決定的なものとなった。かくて、
(八)同年一一月下旬から、法務庁矯正局において少年裁判所法の立案に着手した。ところが、
(九)同年一二月一五日、前記係官から少年裁判所法の未完成提案というものが交付され、
(一〇)一九四八年(昭和二十三年)一月二〇日、法務庁側から少年法改正草案を脱稿し、前記公安部に提出したところ、同部の係官から、「そのうちに当方でそのまま日本の法律になるような提案を手渡すから、あせらずに待て。」というような話があつたとのことである。そうして、
(一一)同年二月六日、少年裁判所法の完成提案が交付されたので、矯正局では、直ちに少年裁判所法と少年刑事事件特別処理法とを並行立案することになった。少年刑事事件特別処理法というのは、少年裁判所法に組み入れられない少年の刑事事件に関する規定を特別の単行法として立案しようとしたものである。
(一二)同年四月五目、矯正局では、少年裁判所法第一次案を脱稿し、これを同局立法部試案として、「少年裁判所法第一次案に関する註釈」を添付し、前述の公安部に提出した。ところが、
(一三)同年五月二十二目に至つて、いわゆる少年裁判所と当時の家事審判所とを合わせて家庭裁判所を創設し、この家庭裁判所の組織及び権限等は裁判所法中に組み込み、従来の少年裁判所中の審判手続に関する部分と少年刑事事件特別処理法とを合わせて少年法改正法律とし、すなわち、裁判所法改正法律と少年法改正法律との二本建にすることとなった。結局、
(一四)同年六月十四日、「少年法を改正する法律案」として閣議を経、同月十六日国会に提案され、七月三日に衆議院を、同月五日に参議院を通過成立した。この法律案は、衆議院において、第三条第二項、第二十四条、第四十六条及び第六三条第四項が修正されたのであるが、その政府原案は次のようなものであった。
  第三条第二項
家庭裁判所は、前項第二号に掲げる少年で十八歳に満たない者については、都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けたときに限り、これを審判に付することができる。
  第二十四条
家庭裁判所は、前条の場合を除いて、審判を開始した事件につき、決定をもつて、次に掲げる保護処分をしたければならない。
一 一四歳に満たない少年については児童相談所に送致すること。
二 満十四歳以上の少年に.ついては、次の処分をすること。
 (イ)地方少年保護委員会の観察に付すること。
 (ロ)児童相談所に送致すること。
 (ハ)教護院又は養護施設に送致すること。
2前項第二項(イ)及び(ニ)の保護処分においては、地方少年保護委員会をして、家庭その他の環境調整に関する措置を行わせることができる。
第四十六条(省略)
第六十三条第四項(省略)
 この修正は、第一に、虞犯少年で児童福祉法の適用される年齢の者はすべて原則として都道府県知事又は児童相談所長に取り扱わせるようにし、第二に、十四歳未満の少年で保護処分に付すべき者はすべて児童相談所に送致し、更に、第三に、十四歳以上の少年についても児童相談所送致の保護処分を行い得るものとした政府原案を改めて、第一は虞犯少年では十四歳未満の者に限り原則として都道府県知事又は児童相談所長に取り扱わせるものとし、第二及び第三の児童相談所送致の保護処分を認めないことにしたものである。この修正は、一見して明らかなように、原案を作成した法務庁矯正局の希望するところのものであって、まことに奇異の感なきを得ないが、この辺にGHQ、法務庁、厚生省及び国会相互間の微妙な動きが看取されるのである。
(一五)同年七月一五日、この法律は、同年第百六十八号少年法として公布され、翌昭和二十四年一月一日から施行された。

 現行少年法立渋の経過は大体以上のとおりである。その間に種々興味のある挿話があり、それがまた重要な根本問題を含んでいるので、その概路でもこの機会に御紹介したいと思っていたが、雑事に取り紛れてそれが果たせなかつたのはまことに心残りである。この責は是非後日果したいと.思う。

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