毎日新聞(H12.1.7)事件インサイドから


少年審判への「不公正」裁定 英国 

司法制度にも欧州連合の波

欧州人権裁判所(フランス・ストラスブール)は英国の刑事裁判所が1993年に行った少年被告2人(当時11歳)に対する殺人事件の心理が公正ではなかった、との裁定を下した。英国では重大事件の場合、被告が少年でも成人と同様に刑事裁判所で扱うことを認めている。今回の裁定は、英国の少年審判制度について「人権侵害」があると批判したもので、司法制度を大きく揺るがしている。

裁定の対象になったのは、93年に英中部リバプールで起きた「バルジャーちゃん殺人事件」。2歳の男の子はショッピングセンターから連れ去られて殴殺された事件で、被告の少年2人が刑事を問われ、一般の裁判所で裁かれた。17日間にわたった審理をマスコミや傍聴人が見守った。判決では無期禁固刑は最低8年。品行方正で評価されれば、最低期限後に出所が認められる。

判決後、終身刑を求める約28万人の署名を受け取ったハワード内相(当時)は事件の残虐さを重視し、禁固の最低期間を15年に引き上げることを決定した。
英国(イングランドとウェールズ)では10歳以上なら刑事責任を問うことが可能で、他の欧州諸国に比べ、年齢設定が若い。また英国の三権分立制度には境界があいまいな部分があり、内相は禁固期間の下限などで最終判断を言い渡す権限をもつ。

被告少年らの弁護側からの訴えを受けた欧州人権裁判所は昨年12月16日に下した裁定で、英国の少年審のあり方を「不可解である」と最大限に批判し「(裁判所の環境は)子供たちには強迫的で、公正な審理を受ける機会を奪われた」と指摘。内相の最終権限についても、裁判所の独立性を定めた欧州人権規約に違反する、との判断を示した。

裁定は判決を覆すごろではないが、禁固期間は刑事裁判所の決定(禁固8年)に戻り、少年2人は近く釈放されるとの見方が強い。

被害者の母親デニス・ファーガスさんは「息子の人権はどうなるか。英政府は司法制度に関し、欧州の命令を受けるべきではない」と反発している。

しかし、ストロー英内相は裁定の受け入れを表明。同内相は「いかなる改革が必要かを論じるのは時期尚早」と述べたが、英国は欧州人権規約に沿った少年審判制度の大幅な改善を余儀なくされそうだ。

欧州人権裁判所は40カ国で構成する欧州会議の下部機構。欧州連合(EU)相並んで欧州統合を図る欧州会議に属する英国は、同裁判所の裁定を無視できない。今回の出来事は、国家主権かかわる司法制度にも「人権」重視の潮流に乗った欧州統合の波が押し寄せている一端を浮き彫りにした。