「少年法等の一部を改正する法律案」に対する意見書
――拙速な立法を避け、根本的な見直しを求める――
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少年法「改正」問題研究会
2006年5月10日 |
はじめに
2006年2月24日、政府は「少年法等の一部を改正する法律案」(以下、「改正」法案)について閣議決定し、今国会に上程した。
本法案は、2005年3月1日に閣議決定、同日付で国会に提出、6月14日衆議院本会議で南野前法務大臣により趣旨説明が行われ、衆院解散で廃案になったものと同じ内容である。その間、子どもの福祉・医療・司法福祉に関わる専門家や公的審議会、日本弁護士連合会等から根本的な疑問や問題が提起されていながら、それに対する明確な説明責任が果たされないままで、再び法案が提出されている。
ここにあらためて法案の問題点を提起し、関係機関からの丁寧かつ充分な意見聴取と法案の見直しも含めた慎重な国会審議を求めたい。
この「改正」法案は、2004年9月8日、法務大臣が法制審議会に対し諮問を行い(諮問第72号)、法制審議会少年法(触法少年事件・保護処分関係)部会(以下、単に「法制審」と記す)による審議を経て、2005年2月9日の法制審議会総会(第144回)で承認、同日付で答申された「少年法等の一部を改正する法律案要綱」に基づいている。「改正」法案は、@「いわゆる触法少年及びぐ犯少年に係る事件の調査」、A「十四歳未満の少年の少年院送致」、B「保護観察中の者に対する措置」、C「国選付添人制度」を「改正」内容としている。
T.基本的な問題―何が問われているのか
子どもに対して、戦後の日本社会はどのように向き合おうとしたのか。基本的人権の尊重を掲げた憲法の精神の下で、一人ひとりの人間がその権利を等しく保障されるべく法制度は構成されてきた。その価値観と指針は子どもにも等しく及ぶものであった。教育基本法(1947年)、児童福祉法(1947年)、少年法(1948年)、児童憲章(1951年)などに現れる。とりわけ少年法、児童福祉法の理念の具体化と家庭裁判所の新たな設置(1949年)は、密接である。医学、心理学、社会学等総合的な人間行動科学の知見から非行問題にかかわることを求められた家裁調査官制度の導入は、子どもや家庭の問題は表出した事実だけでは実質がわからず、様々な観点から解きほぐされるべき事を前提にしたものだった。
子どもの抱えた問題の「事実」に迫るために、日本社会は福祉的手法によって非行等の事実を明らかにし、また、その事実に迫る過程は、再非行にいたらしめない処遇的なものとすることを基本にしてきた。
今回の法案は、捜査機関の「事実の発見」の優位性をうたう。しかし、それは「捜査」という処罰を前提にした事実の探索手法の援用であり、一つの見方・価値観による「事実」への接近である。子どもの抱えた問題の事実に迫るために何が求められるのか、現状を検証することが必要である。捜査機関への「調査権」の付与は、安易ともいえ法制度の根幹から考えるべき立法者の責務は重い。
1、触法少年事件は凶悪化していない
□ 「改正」が必要とされる立法事実を明確にすべきである
法改正の必要性について、「触法少年による凶悪重大事件も発生するなど少年非行は深刻な状況にある」(趣旨説明)としている。しかし、触法少年事件の凶悪事件数が大きく増加に転じているわけでない。またその分類の8割は放火事犯である。他の年齢層とは異なる放火がなぜこの年代に多いのか、また、どのような事犯であるのか、そして、そのような非行の背景を明らかにするためには何が求められるのか、十分な検討がなされていない。長崎、佐世保事件など社会的に注目された事件が背景とされているが、これらは極一部の例外的事件であった可能性もあり、また「改正」法案の内容はこれらの事件以外をも広く射程に収めるものである。少年法の基本的性格を変えるべき合理的な根拠となるのか、その根拠をより明確にすべきである。
「非行のない少年を誤って処分しないためにも、非行少年については個々が抱える問題に即した適切な処遇を行うためにも不可欠」とされているが、年少少年事件の事案解明には、事件立件に重点を置く警察捜査手法的な調査では、誤った事実が引き出される可能性のあることが小児精神科医や福祉関係者から指摘されている。
2、国際社会の批判に答えていない
□ 国際的な子どもの権利保障に向けた動きと国連子どもの権利委員会が日本に向けた勧告の趣旨から、政府は「改正」法案をめぐる立法手続と「改正」法案の内容についての説明責任を尽くすべきである
近年、政府はとりわけ刑罰権拡大の方向での国際条約の国内法化に向けた立法提起を行っているが、子どもの権利条約の遵守と適用の拡大にも、同様に努めるべきである。
国連子どもの権利委員会の最終所見が、「家庭、裁判所および行政機関、施設および学校ならびに政策立案において、子どもに影響を及ぼすあらゆる事柄に関して子どもの意見の尊重を促進しかつ子どもの参加の便宜を図ること」を日本政府に対して勧告している。同様の事柄は、1998年に行われた日本政府による第一回報告に対する同委員会の最終所見においてもすでに勧告されていたのであり、2000年の少年法「改正」はこの勧告を全く無視する形で断行されている。こうした2000年の少年法「改正」に続き、国際世論を等閑に付し、今次、「改正」を再び断行することは、国連子どもの権利委員会勧告の再度の無視という問題を超え、その正面からの否定を意味することになる。こうした国際法規範・国際人権法を完全に無視し、否定する立法態度は、もはや国際世論の非難に耐えることができないものであり、憲法前文及び第98条の精神にも反するものと言わざるをえない。
子どもの権利条約に基づく子どもの権利保障の大きな動きは、国別の状況に応じた展開がなされているが、基本的には子どもを成長発達の主体ととらえ、その主体性を引き出す中で権利保障を図る努力が積み重ねられてきている。国連子どもの権利委員会は、とりわけ日本の少年司法について、身柄の拘束と刑事司法化をできるだけ回避しつつ、子どもが問題を自覚的に捉える機会を作るとともに、立ち直りへの支援を含めた観点からの司法のあり方を求めている。2000年の改正に対する委員会の勧告への回答を含めて、今回の改正の必要性の説明責任は、国際社会に向けても必要である。
II.立法手続のへの疑問
1、スピード立法の拙速さ
□ 今回の改正は、年少少年を対象とした、子どもの成長期の非行と関わる法改正であり、教育的・福祉的対応を主としてきた従前のあり方を大きく変えるものである。少年司法福祉政策の根幹に関わり、かつ国連子どもの権利委員会からの勧告を受けて行われる基本法の改正である。しかし、法律家のみの検討で、子どもに関わる多様な観点からの検討がなされておらず、時間的にも極めて不十分なままでの改正提案である。
「改正」法案は、法制審による審議を経たものであるが、法務大臣による諮問から法制審総会による答申まで5ケ月、政府による閣議決定と国会提出まで6ケ月という極めて短い期間に立法作業が行われている。その間、少年法(触法少年事件・保護処分関係)部会が開かれたのは、わずかに6回に過ぎない。「改正」立法の内容が、国の少年福祉政策・少年司法政策の根本にかかわっているという点だけでなく、日本が直面している国際世論という点から見れば、こうした「スピード立法」は異常とも言え、到底議論が尽くされているとは言えない。
2、法律家だけの立法検討でいいのか
□ 児童福祉と少年司法との複合的な制度問題であるにもかかわらず、要綱の審議の過程に児童福祉、児童精神医学等の専門家が関与していない。また、児童自立支援施設等の福祉現場からの意見聴取も十分なものでなく、児童福祉に関する関連審議会からの意見も全く反映されていない。
立法手続に、少年の特性に関する専門家の意見等が反映されていない。このことは、2004年10月21日に開催された「社会保障審議会・社会的養護のあり方に関する専門委員会」第9回会議の場において、福祉の領域の専門家である各委員により表明された意見が、極めて根本的な批判を含んでいたにもかかわらず、法制審やその後の立法手続では全く反映されていないことに、端的に表れている。
3、立法手続の非民主性
□ 「改正」法案は、青少年育成施策大綱に基づく立法とされている。しかし、国連子どもの権利委員会は、大綱の策定に一定の評価をしながらも、その基本的な策定過程における参加の保障の欠落等を指摘している。「改正」のあり方の基本的検討のために、まず大綱の再検討が必要ではないのか。
法制審の場では、2003年12月に青少年育成推進本部が公表した「青少年育成施策大綱」(以下、「大綱」と記す)の名が繰り返し出され、それがひとつの立法の指針にされたことが指摘されている。しかしこの大綱を絶対視し、無条件に立法の指針としうるかには、疑問がある。例えば、すでに法制審が開かれる以前に公にされていた、2004年1月の国連子どもの権利委員会による日本政府の第二回報告書に対する最終所見(以下、「最終所見」と記す)では、この「大綱」の基本的な性格が疑問視されていた。最終所見は、確かに、「積極的な側面」のひとつとして大綱の策定を挙げてはいる。しかし同時に、最終所見は、それが「包括的な行動計画ではないこと、および、大綱の立案・実施への子どもおよび市民社会の参加が不充分であること」に懸念を示している。その上で、最終所見は、「新たに浮上する論点および問題が青少年育成施策大綱において効果的に対応されることを確保するため、市民社会および子どもとともに同大綱を継続的に見直すこと」を勧告している。このように、市民や子どもの参加を排して作成され、そうであるがゆえに継続的な見直しが国際世論から求められている大綱を、何らの修正なしに絶対視し具体的な立法の指針とすることには、根源的な疑問があるといわざるをえない。
4.2000年「改正」法の見直し問題との関係
□ 新たな少年司法改革は、2000年改正の見直し後にすべきである。
2000年少年法「改正」では、@検察官関与等の少年審判における事実認定手続の改革、A「原則」逆送規定の導入等の刑事処分の拡大、B少年審判における被害者への配慮といった、少年法の基本構造に関わる「改正」が行われた。その結果、既に指摘されている通り実務に大きな混乱が生じている。「改正」法附則3条によれば、政府は法律施行後5年を経過した場合に施行状況を国会に報告するとともに、必要があるときは所要の措置を講ずるとある。しかしながら、既に施行後5年を経過しているにもかかわらず、2000年法の見直し作業は一向に具体化していない。
国連子どもの権利委員会の最終所見において、2000年法の内容が厳しく批判されたことも踏まえるならば、現在求められてることは、2000年法の検証作業を行い、改正点につき、必要な修正を行うことである。今回の「改正」法案は、触法少年事件以外にも影響を及ぼすものであり、2000年法の見直しを経ないまま少年司法システムに手を加えるべきではない。また2000年法が少年司法と刑事司法の境界を移動させたことの影響を見定めないまま、新たに少年司法と児童福祉の境界を移動させてしまうことは現場の混乱に一層拍車をかけることになる。
III.「改正」法案の具体的な問題
1、「いわゆる触法少年及びぐ犯少年に係る事件の調査」について、触法事件の強制調査を含めて警察が行い、児童相談所への通告ではなく「送致」権限を持つことになる点について、実質的には「捜査」と同様であり、少年の福祉への弊害が懸念される他、ほとんどの少年を警察の管理下におくことになりかねない。児童相談所への「送致」制度の導入は、家裁送致を前提としたものになり、児童相談所の福祉的機能を衰退させるおそれがあるにし。強制調査権の導入については、これまで任意捜査で行われてきたものを強制捜査に変更すべき合理性と積極的理由を明らかにすべきである。
(1) 警察の「調査」権限の創設
「改正」法案は、警察官が触法少年及びぐ犯少年の疑いのある者を発見した場合、「調査」をすることができるとしている。これは従来の運用を明文化するものであるとされているが、現行法制が予定する本来の姿は、警察が触法少年・14歳未満のぐ犯少年を発見した際は速やかに児童相談所に委ね、児童相談所における福祉的な対応の中で事実確認を行うというものであったはずである。
警察が第1次的に「調査」を行えるということになれば、少年の言い分を聴取する必要性の最も高い初期介入の段階で、「捜査」的な手法により少年を糺問し、意見表明できなくさせるばかりか、その後の成長発達にも悪影響が及ぶおそれがある。
「改正」法案は事案の真相を明らかにすることを強調しているが、触法事件・ぐ犯事件は、「犯罪」ではなく「刑事法的意味での」事案解明の必要性は後退する。これらの事件では、本人に帰責できない社会的要因の影響がとりわけ強いことからも、少年の福祉が優先されるべきである。事実確認は、少年に対する福祉的援助にとって必要な限りで、児童相談所が行うべきものである。
(2) 触法少年事件に関する強制調査権限の導入
「改正」法案は、警察官は触法少年に対し、押収、捜索、検証、鑑定嘱託を行うことができると規定する。
触法少年事件の強制調査権は、捜査を規定する刑訴法の変更でもあり、「捜査」と強制「調査」の基本的あり方が十分検討されたものとはいえない。理論的に、「犯罪」ではなく「捜査」の対象ではない触法事件において、少年の保護を理由として強制的に証拠収集ができる根拠は明らかではない。また、実際上の必要性についても、任意調査で行われていたものを強制調査に代えなければならない合理的・積極的理由は何か明確にすべきであろう。法制審議会の場においても、「強制調査」権限を認めなければならない必要性がどこにあるのか、実証的なデータを踏まえた説明はなされていない。
また今回は対物的な強制処分にとどまり、強制的な身体拘束は見送られたが、今回の「改正」法案が成立してしまえば、今後、触法少年を警察権限により強制的に保護することも認められかねない。成熟性に乏しい触法少年の身体拘束を認めることが少年の情操等に悪影響を及ぼすことは明らかである。
(3) ぐ犯少年に対する「調査」
「調査」の対象には、触法少年のみならず、ぐ犯少年も含まれている。
ぐ犯少年の調査には、将来、犯罪・触法行為をするおそれ、即ちぐ犯性の調査が含まれるため、その調査は必然的に少年のプライバシーに深く入り込まざるを得ない。またぐ犯性の有無を明らかにしようとすれば、「調査」は、ぐ犯と境を接し補導の対象とされている「不良行為少年」にも及ぶことになる。2006年3月に成立した「奈良県少年補導に関する条例」において示されたように、不良行為の範囲は有害図書の所持、夜間外出や不登校にまで及び極めて広範であり、少年の一挙手一投足が監視の対象とされうる。さらに保護者・学校・雇用主等への連絡・呼出しを通じ、これらの者も監視の担い手とならざるを得なくなる。少年のあらゆる行動に警察や保護者等が目を光らせることになる結果、少年は萎縮し、多様な成長発達が妨げられるおそれがある。国レベルでも警察庁は類似の内容を持つと思われる「少年補導法(少年非行防止法)」の成立を企図している。さらに保護者・学校・雇用主等への連絡・呼出しを通じ、これらの者も監視の担い手とならざるを得なくなる。少年のあらゆる行動に警察や保護者等が目を光らせることになる結果、少年は萎縮し、多様な成長発達が妨げられるおそれがある。ぐ犯少年を「調査」対象とすることは、ほとんどの少年を警察の管理下に置くことを意味することが自覚されなければならない。
ぐ犯をも「調査」の対象とすることの問題性は、国際人権法の観点からも明らかである。国連子どもの権利委員会による総括所見は、「評判の芳しくない場所に頻繁に通うなどの問題行動を示す子どもが罪を犯した少年として扱われる傾向があるという報告を懸念する」と明言しており、「問題行動を抱えた子どもが犯罪者として取り扱われないことを確保すること」を勧告している。ぐ犯少年をも警察官等による「調査」の対象に敢えて含んでいることは、この総括所見の懸念と勧告に正面から反することになる。この間題性は、警察官に加えて心理学などの知識を持つ「一定の警察職員」が「調査」の主体となったとしても、払拭されるものではない。
(4) 「調査」の内容と方法
「改正」法案によれば、警察官等は触法少年とぐ犯少年に対して、呼出し、質問、報告を要求することができる。これらは、任意に行われる事が建前である。しかしながら、仮に現在任意「捜査」について妥当している判例の基準が妥当するとすれば、一定の有形力行使や長時間の留め置きが任意「調査」の名の下で許容され、実質的に「取調べ」が行われることになりかねない。
また、法案は警察官に公務所又は公私の団体に照会する権限を認めている。ぐ犯少年についてまでこのようなプライバシーの領域・私的領域に深く入り込む「調査」を許すことには、多大な疑問がある。
他方で、こうした「調査」の過程において保護者や弁護士の立会いを認めることが「改正」法案には明記されておらず、「調査」過程のテープ録音・ビデオ録画に関する規定も置かれていない。このことは、「調査」において文字通りの意味での任意性を確保する事への消極性を窺わせる。この間、問題とされてきた「事実認定が困難」とされる事件においても、少年、なかでも年少少年や触法少年の自白の評価が大きな問題とされていることは周知の通りである。被暗示性の強い少年が迎合的な自白を行うことを防ぐ意味においても、保護者や弁護士、あるいは福祉の専門家の立会が認められるべきであり、さらにはテープ録音・ビデオ録画が不可欠なことは、2004年10月21日に開催された「社会保障審議会・社会的養護のあり方に関する専門委員会」第9回会議の場において、福祉の領域の専門家からも強く主張されたところである。
(5) 「調査」の主体
「改正」法案によれば、「調査」の主体となるのは、警察官の他、「一定の警察職員」であり、この「一定の職員」は「強制調査」を除く調査活動に従事できることになる。法制審の場における説明によれば、「一定の職員」とは少年補導職員が念頭に置かれている。通例、国家公安委員会規則である「少年警察活動規則」に根拠を持ち、警察本部長により命じられる少年補導職員は心理学などの知識を持つとも言われている。確かに、少年事件に関係する警察官及び警察職員には、少年事件にふさわしい専門的な知識と資質が求められる。しかし、「改正」法案が念頭に置いている少年補導職員は、あくまで警察職員であり、その「専門性」も警察内部において認められているにすぎない。また警察官ではないとしても、捜査機関の職員であることには違いなく、「捜査」的手法を用いる警察官との分離はなされていない。こうした警察職員による「調査」が行われるからといって、上述した問題点が払拭されるわけでは全くなく、「改正」法案による措置が正当化されうるわけでもない。
(6) 一定の重大事件の警察から児童相談所への「送致」と児童相談所から家裁への「原則送致」
「改正」法案によれば、触法少年に関係する事件で、「調査」の結果、「第二十二条の二第一項各号に掲げる罪に係る刑罰法令に触れるものであると思料する」場合、警察官は事件を児童相談所長に送致しなければならず、都道府県知事又は児童相談所長はこの事件について家庭裁判所送致の措置をとらなければならないこととされている。
これまで触法事件については、福祉機関としての児童相談所を主務機関としてきた。それは、児童相談所の主体性によって当該少年非行の基本的な問題の発見と処遇への対応が総合的に判断されると考えてきたからであり、実際そうした対応は一定の成果を上げてきた。しかし、今回の警察による「送致」制度の導入は、家裁送致を念頭におくためこの原則を変更することになる。非行事実のみならず、少年の要保護性についてもこれまで以上に徹底した警察「調査」が行われることになる。また、通告制度も残るために、警察が通告しつつ後に送致する事態も想定され、それは警察の調査活動の裁量性が高まり、背景事実の調査を含めた福祉的対応の遅れにもつながりかねない。
行為の重さを基準にしている家庭裁判所への「原則送致」とも理解しうる規定を置くことには大きな問題がある。児童相談所の裁量権が縮減し、結果の重大性を基準とすることで、本来児童福祉に求められる、少年が抱える多元的な問題を総合的に見るという視角から非行を捉えることが困難になり、反対に、結果のみに注目し、事件が皮相的に把握されてしまう危険性が生じる。そのことは、14歳未満の少年については、児童福祉法制による対応を優先させている
意味を失わせる危険性を持っており、児童福祉の衰退に拍車を掛ける措置と言わざるをえない。
なおこの点について、法制審では「原則送致」は被害者の利益保護のための措置でもあると鋭明されているが、被害者の利益保護は別途児童福祉法制の枠内外で講じられるべきであり、児童福祉法制による対応の優先を切り崩す理由とはなりえない。反対に、警察が初期介入をすることで、少年が心を閉ざし、抱えている問題性が見えにくくなってしまう結果、却って被害者にとっても好ましく結果となりかねないことを銘記すべきである。国連子どもの権利委員会が「児童虐待及びネグレクト」や「性的搾取及び人身取引」に関連して明確に勧告しているように、「児童相談所において被害者に分野横断的な方法で心理カウンセリングその他の回復サービスを提供する、訓練を受けた専門家を増員すること」を通し、児童相談所の専門性を高める中で、対応が図られるべきである。
2、14歳未満の少年の少年院収容を可能とすることは、少年法の理念を変えるものであり、改正法案がもつ基本的な考え方が問われる。これまで少年法が福祉的な対応が取ることを求めてきたのは、この年齢層の子どもの成長と発達の親点から、強制的な身柄の収容による矯正教育より、家庭的な環境の中で自分を見つめる機会を確保することによって再非行を防止することが必要とされてきたからであり、刑事責任年齢との整合性もとられてきた。少年院教育の優位性とその合理的な説明が十分なされているとはいえない。
* 「改正」法案によれば、家庭裁判所は、決定のときに14歳に満たない少年に係る事件については、「特に必要と認める場合に限り」、少年院送致の保護処分をすることができる。
しかし、刑事未成年である14歳未満の少年についても少年院収容を認めることは、原理的問題もさることながら、この年齢にある者、とりわけ小学生に対する強制的な身体拘束を伴う矯正教育の適合性という点において、多大な疑問がある。確かに、少年院での矯正教育は、真の意味において教育的に形成されなければならない。しかし少年院での矯正教育が「教育的」であるから、年齢の下限を撤廃してよいということにはならない。少年院は、厳格な規律の中で徹底的に少年を鍛え、内省を迫っていくという教育理念を採用しており、温かい家庭環境に恵まれなかったからこそ非行を犯してしまったであろう14歳未満の少年に適合的であるとは思えない。
実際上も、少年院において14歳未満の少年は、他の少年から切り離され独立のプログラムを受けると予想されるが、同年代の少年との交流もなく孤立した生活を送ることは、少年の成長にとって決定的なマイナスとなるおそれがある。
* 加えて、いわゆる少年院収容受刑者の問題や保護観察中の遵守事項違反時における少年院収容の問題、そして14歳未満の少年の少年院収容というこの間とられている措置に、全く政策的・理論的整合性が見られず、少年収容がご都合主義的にその時々の政策に影響されがちなことが指摘されなければならない。少年院収容やそこでの矯正プログラムのあり方が試行錯誤されている状況の中で、今回の措置を認めるならば、少年院は社会防衛のための施設となる危険性がある。
また「特に必要と認める場合」が、事件の重大性により判断されるとすれば、少年院に収容することは懲らしめのための制裁として保護処分を活用することになりかねない。保護処分が刑事罰的に運用されるようになれば、少年法の理念を根本から切り崩すことになる。現在重大事件での少年院収容期間が長期化しつつあることや、今回の改正案が長崎、佐世保事件等の重大事件を契機として提案されたことからすれば、この懸念は決して杞憂とはいえない。
* 目指されるべきは、14歳未満の少年に対して真に有効な処遇を受ける機会を保障することで、閉鎖的施設に拘束して逃走を防止することではないはずである。そうであれば、まずは児童自立支援施設等において、発達上の障害等に適切に対応できる人的資源を拡充することを図るべきである。それを怠ることは、非行少年に対する児童福祉の対応能力を減退させることにもつながる。
3、保護観察中の遵守事項違反への家裁送致と少年院等への収容について、これまでの遵守事項違反について取られてきた措置と、その問題がどこにあるのかについての説明が十分なされていない。保護観察制度の基本的精神は、観察官や保護司が少年を支える中で信頼の契機をつかみ、更生につなげ、その意欲を育むものであった。それを違反による施設収容を威嚇として利用する保護観察制度は、その基本的理念の変更である。更生保護制度を支える人々の意見聴取が不可欠である。
*「保護観察中の者に対する措置」(少年法第26条の4、犯罪者予防更生法第41条の3)は、保護観察中の遵守事項違反に対する措置として、保護観察所長による警告の他、児童自立支援施設・児童養護施設送致や少年院送致をも含んでいる。しかし、遵守事項違反に対する措置として児童自立支援施設・児童養護施設送致や少年院送致を新たに講じることには、根本的な疑問がある。
* 立法措置を必要とする立法事実に対する疑問がある。保護統計年報に記載のある1号観察対象者の終了事由を見てみると、2003年では、期間満了、解除、保護処分取り消しの順に、9.5%(2400人)、75.6%(19194人)、14.7%(3741人)となっている。確かに、1984年(13%、3749人)から減少傾向にあった保護処分の取消は、1996年(9.4%、1739人)を境にして漸次的な増加傾向に転じている。しかし、その絶対数は、長期的に見れば、1984年段階とほぼ同じである。また、期間満了が減少するとともに(1990年:18.3%、16794人)、解除が増加傾向にある(1990年:70%、1739人)ことを考え併せれば、遵守事項を守らない「処遇困難」な対象者が増えていると単純に言うことはできない。このことは、同じく保護統計年報に基づき「期間満了者の成績」を見た場合に、成績が「不良」とされる者の割合が1990年代から4%前後を一貫して維持しており、その絶対数はむしろ減少傾向にあることからも窺われる(1990年:149人、2003年:87人)。
* なぜ遵守事項違反に対する措置として児童自立支援施設・児童養護施設送致や少年院送致を行う必要があるのか、その目的が極めて不明確である。その目的が、保護観察対象者に対する「一般予防」にあるとして、そうした「一般予防」が必要な客観的事実があるか否か示されなければならない。仮にこうした措置に一般予防効果があるとしても、それは「少年の健全育成」という少年法の目的とは整合しない。ましてや少年院送致はおろか児童福祉の分野とも重なる児童自立支援施設・児童養護施設への収容を「一般予防」を目的として行うことは、許されない。他方で、その目的が保護観察対象者本人のための「特別予防」にあるとも理解することにも無理がある。対象者本人のための「特別予防」が目的なのであれば、遵守事項違反を要件としなくてもよく、反対に児童自立支援施設・児童養護施設や少年院送致の処分を保護観察に切り替える措置が同時に提案されていないことも不自然である。
* 上記と密接にかかわる問題であるが、この児童自立支援施設・児童養護施設送致や少年院送致がどのような事実に基づき判断されるのか、大きな疑問がある。仮に、遵守事項を守らなかったこと自体を「保護法益」とするのであれば、その違反行為に対して施設内収容を行うことは、バランスを欠いていると言わざるをえない。他方、元々の保護観察処分の土台となった非行事実をも再び考慮するというのであれば、非行事実を二重に考慮していることになり、「二重処罰」が行われることになる。保護観察が社会処分で、少年を社会的な保護環境から切り離さずに処遇を行うことができることを考えれば、施設内収容である児童自立支援施設・児童養護施設送致や少年院送致は少年にとって不利益である側面を持っている。このことを考えれば、事後的に裁判所が処分を変更する手続を行うとしても、(不利益方向という側面を完全には払拭できない形で)「二重処罰」の問題性はなくならず、むしろ増幅するといえる。
* 保護観察制度が、保護観察官や保護司と少年との相互の信頼関係を土台とするものであることを考えれば、遵守事項違反による施設収容という、一種の威嚇を用いて「教育」的な「保護処分」を行うことは余りに短絡的な発想と言わざるをえず、なおかつその「教育」の捉え方には根本的な疑問があろう。少年の場合には、一旦非行の深みにはまっても、成長するに連れて自然と問題性が解消していく場合も多いのであり、介入を強めることは決してよい効果をもたらさない。加えて、「自由の剥奪が最後の手段としてのみ用いられることを確保するため、身柄拘束(審判前の身柄拘束を含む)に代わる手段の利用を増強すること」を勧告していた国連子どもの権利委員会の最終所見に反する改革といえよう。むしろ、保護司の門戸を若い年齢層の者に開くことやNGO・NPOとの協力体制の確立などによる保護司制度改革や少年のニーズに見合った処遇を整備するための保護観察制度の改革が必要である。
4、国選付添人制度(少年法第22条の3、第32条の5)の導入は今回の改正案とは切り離しても、少年司法手続き過程における権利保障の観点から具体化すべき課題である。付添人の支援の過程の中で、少年自身が非行への自覚を深める機会ともなる。また、国連子どもの権利委員会の勧告においても積極的に位置づけられるべき課題とされている。
* 「改正」法案は、国選付添人制度の拡充を図っており、観護措置が執られる場合についても少年に国選付添人を選任する可能性を開いている。この点は、国連子どもの権利委員会が「法律に触れた子どもに対し、法的手続全体を通じて法的援助を提供すること」を勧告していたことに照らし合わせると、積極的に評価できる側面を含んでいる。しかし、ここでも、「第二十二条の二第一項各号に掲げる罪」により対象が絞られている上、家庭裁判所が「事案の内容、保護者の有無その他の事情を考慮し、審判の手続に弁護士である付添人が関与する必要があると認めるとき」との限定が加えられている。また、この対象から、ぐ犯少年が外されている。
観護措置決定による少年鑑別所収容がなされると、身体が拘束され、学校や職場に行けなくなり、従来の人間関係が切断されてしまう等、少年にとって重大な不利益が及ぶ。観護措置による身体拘束が少年にとって不利益な側面を持っていることは、2000年の少年法「改正」により、17条の2が新たに創設され、観護措置決定及び延長決定に対する異議申立て制度が認められることによっても、明らかにされている。観護措置による身体拘束それ自体が、少年にとっては重大な利益侵害であるのであり、そのことは非行の重さとは無関係である。「改正」法案が不当であることは、現在の実務におけるぐ犯の扱いを見る場合に一層明らかになる。司法統計年報によれば、ぐ犯のうち16-17%に終局決定として少年院収容が言い渡されているだけでなく、実に7割以上に対して観護措置決定が行われているのである。
* また少年である被疑者を含め、捜査段階で身体拘束を受ける被疑者の大部分に対しては、近い将来、国選弁護人選任権が保障されることになっている。成人であれば、起訴後も引き続き国費で弁護人の援助を受けられるのに対し、少年の場合、家裁送致後の観護措置により身体拘束が継続された場合でも、国費での法的援助を失う場合が生じてしまい、不均衡であるだけでなく、司法手続を通じ一貫した援助を提供することの重要性からすれば問題である。
* 身体拘束による自由の制限及び社会との関係の切断という重大な不利益を課すことが真にやむを得ないかどうかを法的援助者の視点から吟味し、かつ少年と社会とのつながりを維持し、少年の生活環境上の問題について積極的な環境調整のための担い手を保障するために、少なくとも家裁送致後に観護措置決定により身体を拘束される場合は、その時点で国選付添人の選任が保障されなければならない。
* さらに「改正」法案は、国費での付添人選任は観護措置が取り消された場合には効力を失うとする。しかし、前述した国連子どもの権利委員会の勧告にもあるように、少年に対して付添人選任を保障する趣旨には、一貫した援助を保障するという意味があり、それは身体拘束を解かれた後も変わりはない。付添人の援助には、身体拘束の必要不可欠性の吟味だけでなく、積極的な環境調整により、観護措置により切断された学校や職場等との関係を維持・修復するという役割もあるのであり、後者は少年が社会に戻ってきた後に本格化するのである。観護措置を取り消され身体拘束を解かれた後もなお、国費による付添人の援助の保障が継続されるべきである。
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以上 |
少年法「改正」問題研究会
代表:斉藤豊治(大阪経済大学教授)、村井敏邦(龍谷大学教授)
赤池一将(龍谷大学教授)、安達光治(立命館大学助教授)、石塚伸一(龍谷大学教授)、伊藤睦(三重大学助教授)、上田信太郎(岡山大学教授)、内田博文(九州大学教授)、大出良知(九州大学教授)、岡田悦典(南山大学教授)、岡田行雄(九州国際大学助教授)、川崎英明(関西学院大学教授)、春日勉(神戸学院大学助教授)、葛野尋之(立命館大学教授)、佐々木光明(神戸学院大学教授)、白取祐司(北海道大学教授)、新屋達之(大宮法科大学院教授)、高田昭正(大阪市立大学教授)、武内謙治(九州大学助教授)、恒光徹(大阪市立大学教授)、土井政和(九州大学教授)、中川孝博(龍谷大学教授)、新倉修(青山学院大学教授)、野田正人(立命館大学教授)、福島至(龍谷大学教授)、渕野貴生(静岡大学助教授)、本庄武(一橋大学専任講師)、前田忠弘(甲南大学教授)、前野育三(大阪経済法科大学教授)、正木祐史(静岡大学助教授)、三島聡(大阪市立大学助教授)、水谷規男(大阪大学教授)、守屋克彦(東北学院大学法科大学院教授)、山口幸男(日本福祉大学教授)、山口直也(山梨学院大学教授)、山崎俊恵(大阪経済法科大学専任講師)、武内謙治 (九州大学大学院法学研究院助教授)
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* 少年法「改正」問題研究会は、刑事法・少年法を専門とする研究者によって構成され、これまで少年法改正に関わる「意見」を公表したり、著作の公刊を行ってきている。 |
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