児童福祉の理念にそった非行対策の充実を!
-少年法改正案の慎重審議を求めます-

2005年7月19日
全国児童相談研究所代表委員会

  1.  2005年3月1日、政府は「少年法等の一部を改正する法律案」を閣議決定し、同日付で国会に提出、7月には国会での審議が開始される情勢となっています。
     今回の改正案は、非行への取り組みをしてきた児童相談所にとっても見過ごすことのできない重要な内容を含んでおり、児相研(全国児童相談研究会)としても、実際に非行相談を担ってきた現場の状況をふまえての意見を述べたいと思います。

  2.  児童相談所は、触法少年やぐ犯少年について児童福祉法第25条の通告を受け、また家庭その他からの相談に応じ、家庭裁判所からの送致を受けるなどして援助活動を行っています。
     その際には、児童相談所運営指針で「触法行為に係るものも含め非行少年に関する通告を受けた場合には、児童福祉の観点から必要な調査を十分に行うこと」とされているように、捜査権や強制力を持たない相談機関として、仮に援助を受け入れなかったり指導に従わない場合であっても、常に児童福祉の立場から対応をしてきました。

  3.  ただ、こうした児童相談所の活動と対して、さまざまな角度からの意見があることも事実です。たとえば、児童相談所の行う調査は、適正手続きの上では不十分ではないかという批判がありますし、根気強く援助を続けようとする児童相談所の取り組みに対し、時として「早く施設にやってくれ」「児童相談所は手ぬるい」といつた不満が漏れ聞こえてきたり、被害者の側から「事件を家庭裁判所に送致してほしい」と要望されることもあります。

  4.  他方、たとえば非行児童を保護するにしても、一時保護所は基本的には児童養護施設の最低基準に準ずる開放施設であるため、無断外出のおそれがあったり、場合によっては被虐待児と同時に保護しなければならない困難さもあり、非行相談で援助を行つている私たち自身が、しばしば葛藤を感じることもないとはいえません。

  5.  しかし忘れてならないことは、深刻な非行の背景に、往々にして劣悪な環境や虐待された体験を含む過酷な生育の歴史が隠されていることです。特に14歳未満で触法事件等を起こした子どもたちは、加害者であると同時に被害者としての側面もあわせ持つ、いわばより手厚い保護と育成を必要としている存在でもあるのです。

  6.  こうしたことを冷静に振り返ると、非行相談の解決、また触法行為やぐ犯行為を起こした児童への援助には、時間と労力をかけた粘り強い取り組みが必要です。児童相談所運営指針は、「児童相談所における相談援助活動は、児童福祉の理念及び児童健全育成の責任の原理に基づき行われるものであり、その目的は子どもの福祉を図り、その権利を擁護することである」と述べていますが、非行を犯した子どもたちを文字どおり要保護児童として深く理解し、児童福祉の本旨に立った援助を心がけることこそが、児童相談所の重要な役割だと、私たちは考えています。

  7.  児童相談所における非行相談の取り組みがさまざまな課題をかかえていることを、私たちも否定するものではありませんが、同時に、児童相談所は困難な条件の中でも、学校や警察、家庭裁判所等の関係諸機関と連携しつつ、非行問題の本質をふまえた、児童相談所ならではの地道な援助活動も積み重ねてきたのであり、私たちはこうした実践に自負も持っています。

  8.  以上の点をふまえて今回の「少年法等の一部を改正する法律案」をみると、さまざまな問題点があると言わざるを得ません。特に警察官の調査権限の拡大強化、重大な罪に係る触法行為をした疑いがある児童の原則家庭裁判所送致、少年院送致できる年齢の下限撤廃などは、厳罰化傾向を強めることにつながり、非行相談において我が国で積み上げられてきた長年の成果を後退させ、児童福祉的アプローチをせばめ、ひいては彼らが加害行為への自覚を深めることをも困難にさせるのではないか、という懸念を抱かざるを得ません。

  9.  したがって私たちは、今回の「少年法等の一部を改正する法律案」について、現状では賛成することができません。子どもは社会を映す鏡であると言われますが、非行問題は私たちが住む社会全体にとっても重要な課題です。多くの反対意見があり、さまざまな疑問点をはらむ「少年法等の一部を改正する法律案」の審議は、拙速を避け、現場の声に耳を傾けながら、慎重に行うことを求めます。

  10.  加えて強調したいことは、非行問題での援助活動を行う上で、現在の児童相談所が、人員体制の面でも一時保護所の整備などの面でも極めて不十分だということです。特に児童虐待への対応に追われるようになってからというもの、非行相談に限らず他の相談も、十分な時間をかけ、ていねいに相談していくことが難しくなってきています。本年4月からは市町村が第一義的に相談を受けることとした改正児童福祉法が施行されましたが、肝心の市町村の相談体制が十分整備されていない現状の中、相談・通告件数が減少したという実感はなく、むしろ市町村職員の研修や後方支援など、業務は増えるばかりです。
     さらに付け加えるならば、児童福祉司をはじめとする職員の増員配置や異動などの影響で経験の浅い職員が増大しているにもかかわらず、十分な専門研修が保障されていない点も、大きな間題となっています。

  11.  非行問題に対して、児童相談所が児童福祉の理念にそって適切に対応するためにも、この機会にあらためて、児童福祉司や児童心理司(心理判定員)をはじめとする職員の大幅な増員及び研修の保障、一時保護所を含む児童相談所の体制整備、また非行児童を受け入れ、その立ち直りと自立を支援していく上で重要な役割を果たす児童自立支援施設の充実などを強く求めるものです。

  12.  私たちは当面、以上の点を訴えるとともに、今後とも非行問題の解決に向けた真摯な努力を続け、それらを検証し、議論を深めながら、よりよい援助活動の実現を目指して取り組みを強めていく決意です。

全国児童相談研究会(児相研)事務局

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